2015年 11月 01日
特許【最判】BBS並行輸入事件(最判平9年7月1日) |
◆BBS事件(並行輸入品に対する特許権行使の可否)
【並行輸入、消尽、黙示的授与、属地主義、特許法68条、パリ条約4条の2】
「三 上告人の被上告人らに対する本件特許権に基づく差止請求及び損害賠償請求
がいずれも理由がない旨の原審の判断は、結論において是認することができる。そ
の理由は、次のとおりである。
1 「千九百年十二月十四日にブラッセルで、千九百十一年六月二日にワシント
ンで、千九百二十五年十一月六日にヘーグで、千九百三十四年六月二日にロンドン
で、千九百五十八年十月三十一日にリスボンで及び千九百六十七年七月十四日にス
トックホルムで改正された工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二十日の
パリ条約」(以下「パリ条約」という。)四条の二は、「(1) 同盟国の国民が各
同盟国において出願した特許は、他の国(同盟国であるかどうかを問わない。)に
おいて同一の発明について取得した特許から独立したものとする。(2) (1)の規
定は、絶対的な意味に、特に、優先期間中に出願された特許が、無効又は消滅の理
由についても、また、通常の存続期間についても、独立のものであるという意味に
解釈しなければならない。」と規定している。右規定は、特許権の相互依存を否定
し、各国の特許権が、その発生、変動、消滅に関して相互に独立であること、すな
わち、特許権自体の存立が、他国の特許権の無効、消滅、存続期間等により影響を
受けないということを定めるものであって、一定の事情のある場合に特許権者が特
許権を行使することが許されるかどうかという問題は、同条の定めるところではな
いというべきである。
また、属地主義の原則とは、特許権についていえば、各国の特許権が、その成立、
移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域
内においてのみ認められることを意味するものである。
我が国の特許権に関して特許権者が我が国の国内で権利を行使する場合において、
権利行使の対象とされている製品が当該特許権者等により国外において譲渡された
という事情を、特許権者による特許権の行使の可否の判断に当たってどのように考
慮するかは、専ら我が国の特許法の解釈の問題というべきである。右の問題は、パ
リ条約や属地主義の原則とは無関係であって、この点についてどのような解釈を採
ったとしても、パリ条約四条の二及び属地主義の原則に反するものではないことは、
右に説示したところから明らかである。
2 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有するものとされてい
るところ(特許法六八条参照)、物の発明についていえば、特許発明に係る物を使
用し、譲渡し又は貸し渡す行為等は、特許発明の実施に該当するものとされている
(同法二条三項一号参照)。そうすると、特許権者又は特許権者から許諾を受けた
実施権者から当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)の譲渡を受け
た者が、業として、自らこれを使用し、又はこれを第三者に再議渡する行為や、譲
受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業として、これを使用し、又は更に他者
に譲渡し若しくは貸し渡す行為等も、形式的にいえば、特許発明の実施に該当し、
特許権を侵害するようにみえる。しかし、特許権者又は実施権者が我が国の国内に
おいて特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を
達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡
し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである。けだし、(1) 特許法
による発明の保護は社会公共の利益との調和の下において実現されなければならな
いものであるところ、(2) 一般に譲渡においては、譲渡人は目的物について有す
るすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取
得するものであり、特許製品が市場での流通に置かれる場合にも、譲受人が目的物
につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることがで
きる権利を取得することを前提として、取引行為が行われるものであって、仮に、
特許製品について譲渡等を行う都度特許権者の許諾を要するということになれば、
市場における商品の自由な流通が阻害され、特許製品の円滑な流通が妨げられて、
かえって特許権者自身の利益を害する結果を来し、ひいては「発明の保護及び利用
を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」(特許法一条参
照)という特許法の目的にも反することになり、(3) 他方、特許権者は、特許製
品を自ら譲渡するに当たって特許発明の公開の対価を含めた譲渡代金を取得し、特
許発明の実施を許諾するに当たって実施料を取得するのであるから、特許発明の公
開の代償を確保する機会は保障されているものということができ、特許権者又は実
施権者から譲渡された特許製品について、特許権者が流通過程において二重に利得
を得ることを認める必要性は存在しないからである。
3 しかしながら、我が国の特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合に
は、直ちに右と同列に論ずることはできない。すなわち、特許権者は、特許製品を
譲渡した地の所在する国において、必ずしも我が国において有する特許権と同一の
発明についての特許権(以下「対応特許権」という。)を有するとは限らないし、
対応特許権を有する場合であっても、我が国において有する特許権と譲渡地の所在
する国において有する対応特許権とは別個の権利であることに照らせば、特許権者
が対応特許権に係る製品につき我が国において特許権に基づく権利を行使したとし
ても、これをもって直ちに二重の利得を得たものということはできないからである。
4 そこで、国際取引における商品の流通と特許権者の権利との調整について考
慮するに、現代社会において国際経済取引が極めて広範囲、かつ、高度に進展しつ
つある状況に照らせば、我が国の取引者が、国外で販売された製品を我が国に輸入
して市場における流通に置く場合においても、輪入を含めた商品の流通の自由は最
大限尊重することが要請されているものというべきである。そして、国外での経済
取引においても、一般に、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に
移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得することを前提として、
取引行為が行われるものということができるところ、前記のような現代社会におけ
る国際取引の状況に照らせば、特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合に
おいても、譲受人又は譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業としてこれを
我が国に輸入し、我が国において、業として、これを使用し、又はこれを更に他者
に譲渡することは、当然に予想されるところである。
右のような点を勘案すると、我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外に
おいて特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該
製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意
した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対
しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合
を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないも
のと解するのが相当である。すなわち、(1) さきに説示したとおり、特許製品を
国外において譲渡した場合に、その後に当該製品が我が国に輸入されることが当然
に予想されることに照らせば、特許権者が留保を付さないまま特許製品を国外にお
いて譲渡した場合には、譲受人及びその後の転得者に対して、我が国において譲渡
人の有する特許権の制限を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与した
ものと解すべきである。(2) 他方、特許権者の権利に目を向けるときは、特許権
者が国外での特許製品の譲渡に当たって我が国における特許権行使の権利を留保す
ることは許されるというべきであり、特許権者が、右譲渡の際に、譲受人との間で
特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意し、製品にこれを
明確に表示した場合には、転得者もまた、製品の流通過程において他人が介在して
いるとしても、当該製品につきその旨の制限が付されていることを認識し得るもの
であって、右制限の存在を前提として当該製品を購入するかどうかを自由な意思に
より決定することができる。そして、(3) 子会社又は関連会社等で特許権者と同
視し得る者により国外において特許製品が譲渡された場合も、特許権者自身が特許
製品を譲渡した場合と同様に解すべきであり、また、(4) 特許製品の譲受人の自
由な流通への信頼を保護すべきことは、特許製品が最初に譲渡された地において特
許権者が対応特許権を有するかどうかにより異なるものではない。
5 これを本件についてみるに、前記の原審認定事実によれば、本件各製品は、
いずれも本件特許権を有する上告人自身がドイツ連邦共和国において販売したもの
である。そして、本件においては、上告人が本件各製品の販売に際して、販売先な
いし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意したことについても、
そのことを本件各製品に明示したことについても、上告人による主張立証がされて
いないのであるから、上告人が、本件各製品について、本件特許権に基づいて差止
めないし損害賠償を求めることは許されないものというべきである。
原判決は、結論において右と同旨をいうものであるから、これを是認することが
できる。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をい
うか、又は原判決の結論に影響しない説示部分を非難するに帰するものであって、
採用することができない。」
by manabu16779
| 2015-11-01 00:00
| 最高裁判例
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