2016年 10月 28日
特許 平成27年(ワ)28849号 オキサリプラチン事件(地裁) |
◆オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸解離シュウ酸が本件発明にいう「緩衝剤」に含まれるかの解釈が問題となった事件。含まれず、技術的範囲に属さず非侵害。
【特許請求の範囲、語句の解釈、特許法70条2項、進歩性】
「…そうすると,公知の組成物であるオキサリプラチン水溶液中に存在し,同水溶液の平衡に関係している物質であるシュウ酸(解離シュウ酸)に,「平衡に関係している」という理由で「緩衝剤」という名を付け,上記のとおり通常存在しうる程度のモル濃度を数値範囲として規定したにとどまる発明は,公知の組成物と実質的に同一の物にすぎない新規性を欠く発明か,少なくとも当業者にとって自明の事項を発明特定事項として加えたにすぎない進歩性を欠く発明というほかはない。
(キ) 以上に加え,特許請求の範囲の文言の形式的な記載についても着目すると,請求項1は,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,」と規定しており,「シュウ酸」と「そのアルカリ金属塩」とは,区別された別の概念であるとみるのが自然である。
ところで,緩衝剤として,シュウ酸やそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)した場合,これらは,少なくともその一部が溶液中で解離してシュウ酸イオンを生ずると考えられるから,仮に,請求項1の上記規定における「シュウ酸」がシュウ酸イオンを包含する概念であるとすれば,シュウ酸のアルカリ金属塩を添加(外部から付加)した場合は,緩衝剤として,シュウ酸を使用したとも,シュウ酸のアルカリ金属塩を使用したともいい得ることになる。しかし,これでは,請求項1において,「シュウ酸」と「そのアルカリ金属塩」とが別の概念であることを前提として,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,」と規定した意味がなくなってしまう。
つまり,請求項1において,あえて「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,」と規定したのは,「シュウ酸」又は「そのアルカリ金属塩」が緩衝剤として添加(外部から付加)されることが前提とされているとみるのが合理的であり,一般に,「剤」という用語は,「各種の薬を調合すること。また,その薬。」(広辞苑第六版)を意味するとされていることをも併せ考えれば,同規定は,緩衝剤が「包含」されたキサリプラチン溶液における,緩衝剤の由来(添加,すなわち外部から付加されたということ)を示すものと理解するのが相当というべきである。
(ク) したがって,本件発明にいう「緩衝剤」には,オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸(解離シュウ酸)は含まれないと解するのが相当である。 」
デビオファーム、サンド
(東京地裁29部嶋末裁判長)
◆関連案件 平成27年(ワ)第28468号
(ブラジルの対応出願の審査過程に関連した権利範囲解釈)
「オ 証拠(乙10,乙13)によれば,対応米国特許の審査過程において,出願人が,意見書及び補正書(乙10)において「オキサリプラチンの溶液製剤に緩衝剤を加えることにより,より安定したオキサリプラチンの溶液製剤(当該製剤は上述の不純物をまったく生成することがないか,丙らの水溶液性剤中に見出されるよりも著しく少量の不純物を生成する)が得られることを見出したのである」と述べていること,対応ブラジル特許の審査過程においても,出願人が,「シュウ酸を緩衝剤として加えれば,不純物が発生しない」と述べていることが認められるから,対応米国特許及び対応ブラジル特許の出願人は,これらの特許発明について,シュウ酸を緩衝剤として添加することで,不純物を減少させ,より安定した製剤を得る発明であると認識していたものと認められる。確かに,対応米国特許及び対応ブラジル特許は本件特許とは異なる国における別個の出願であるから,それぞれの国の手続において成立する特許発明の範囲に差異がでることは否定できないものの,本件特許と同じ国際出願を基礎とするものである以上,その技術思想は基本的には共通すると考えられるところ,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」が添加したものに限られず,解離シュウ酸をも含むものと解すると,上記対応米国特許及び対応ブラジル特許の技術思想とは整合しなくなり不合理である。」
(東京地裁40部東海林裁判長)
(2016.10.28. 弁理士 鈴木学)
by manabu16779
| 2016-10-28 18:17
| 特許裁判例
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