2017年 09月 07日
特許 平成28年(行ケ)10187号 水性インキ組成物事件(明確性) |
◆インクに含有されるマイクロカプセルの「平均粒子径」について、明確性要件が問題となった事件。粒子径の定義が不明確であり36条6項2号違反。
【明確性、36条6項2号、無効審判、審決取消訴訟、平均粒子径、定義、計測方法/測定方法、筆記具、インク】
(明確性 -規範-)
「 1 明確性要件について
(1) 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定するところ,この趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという
観点から判断されるべきである。 」
(当てはめ)
「 (2) 原告らは,本件発明のマイクロカプセル顔料の粒子が略球形であるにもかかわらず,審決が,同粒子が略球形と断言できないことを前提として,本件特許請求の範囲にいう「平均粒子径」の意義が特定できないため本件発明が不明確であるとした判断に誤りがあると主張する。そこで,「平均粒子径」の意義につき検討する。
…略…
ウ これらの記載及び弁論の全趣旨を総合すると,「平均粒子径」の意義は,次のとおりであることが認められる。
本件発明のように平均粒子径を規定する場合には,ある粒子径(代表径)の定義を用いて,ある基準で測定された粒度分布が与えられることが必要と解されるところ,粒子径(代表径)の定め方には,定方向径,ふるい径,等体積球相当径,ストークス径,光散乱相当径など,種々の定義がある。そして,粒子の形状に応じて,以下のとおりとなる。
球形粒子(略球形の粒子を含む。)の場合には,直径をもって粒子径(代表径)とするのが一般的であり,同一試料を測定すれば,ふるい径等の一部を除いて,粒子径(代表径)の値は,定義にかかわらず等しくなる。
非球形粒子の場合には,同一試料を測定しても,異なった粒子径(代表径)の定義を採用すれば,異なる粒子径(代表径)の値となり,平均粒子径も,異なってくる。
(3) 以上によれば,本件発明の「平均粒子径」の意義が明確といえるためには,少なくとも,①「可逆熱変色性マイクロカプセル顔料」が球形(略球形を含む。)であって,粒子径(代表径)の定義の違いがあっても測定した値が同一となるか,又は②非球形であっても,粒子径(代表径)の定義が,当業者の出願時における技術常識を踏まえて,本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載から特定できる必要がある。
…略…
3 粒子径(代表径)について
(1) 前記2のとおり,本件発明には非円形断面形状のマイクロカプセル顔料も含まれると解されるので,本件発明が明確といえるためには,前記1のとおり,粒子径(代表径)の定義が,当業者の出願時における技術常識を踏まえ,本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載から特定できる必要がある。
(2) 本件特許請求の範囲及び本件明細書には,粒子径(代表径)の定義に関する明示の記載はない。
当業者の技術常識を検討すると,平成11年11月1日から平成14年10月31日までの間に,筆記具用インクの平均粒子径の測定方法が記載された特許出願の公開特許公報58件のうち,レーザ回折法で測定したものが23件,遠心沈降法で測定したものが6件,画像解析法で測定したものが8件,動的光散乱法で測定したものが22件(うち1件は遠心沈降法と動的光散乱法を併用)であった一方,等体積球相当径を求めることができる電気的検知帯法で測定しているものはなかったこと(甲20),平成14年6月1日から平成17年5月31日までの間の特許出願について,審判官が職権により甲20と同様の調査したところ,原告ら及び被告以外の当業者では,電子顕微鏡法,レーザ回折・散乱法,遠心沈降法により平均粒子径を測定している例があった一方,電気的検知帯法が用いられた例は発見されていないこと(弁論の全趣旨)が認められる。また,種々の測定方法で得た値から,再度計算して,等体積球相当径を粒子径(代表径)とする平均粒子径に換算しているとも考え難い。そうすると,粒子径(代表径)について,等体積球相当径又はそれ以外の特定の定義によることが技術常識となっていたとは認められない。
以上のとおり,技術常識を踏まえて本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載を検討しても,粒子径(代表径)を特定することはできない。
(3) 原告らは,本件発明が粒度分布を体積基準で表していること,測定方法の記載がないこと,マイクロカプセル顔料の大きさに着目するという本件発明の特徴,測定の難易から,本件発明の粒子径(代表径)として,光散乱相当径やストークス径は不適当である一方,等体積球相当径は適当である旨主張する。
しかし,粒度分布の表し方を体積基準又はそれと等価である質量基準とするのが通常である粒子径(代表径)には,審決が指摘するとおり,等体積球相当径の他にも,光散乱法による光散乱相当径,光回折法による光の回折相当径,沈降法によるストークス径があると認められる。そして,前記(2)のとおり,筆記具用インキの粒子の大きさの測定に関する公知発明において,これらの粒子径(代表径)又は測定方法が相当程度採用されていたことに照らせば,これらの粒子径(代表径)又は測定方法も,マイクロカプセル顔料の大きさに着目する技術分野において,当業者が採用を検討し得る有用な測定基準であると推認される。なお,原告パイロットインキによる特許出願でも,インキの吐出性を考慮して粒子の大きさを限定するため,遠心沈降式の測定装置を用いて体積基準の粒度分布を求めている例がみられる(乙11【0016】【0040】)。
また,測定方法の記載がない場合に,特定の測定方法に対応しない粒子径(代表径)の定義を採用したものと考えるという技術常識を認めるに足りる証拠はない。 したがって,原告らの主張は採用できない。
第6 結論
以上のとおり,本件発明1の「平均粒子径」に係る粒子径(代表径)の定義が不明であるため,「平均粒子径は,0.5~2.0μmの範囲にあり」の意義を特定す
ることができず,本件発明1の内容は不明確というべきである。また,本件発明1の従属項である本件発明2~7も,粒子の形状や「平均粒子径」については本件発明1を何ら限定するものではないから,同様に発明の内容が不明確というべきである。 」
パイロットインキ、パイロットコーポレーション、三菱鉛筆
(知財高裁1部清水判事、平成29年8月30日)
(2017.9.7. 弁理士 鈴木学)
by manabu16779
| 2017-09-07 18:58
| 特許裁判例
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